カメラの高さと視線心理レイアウトについて

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    基本的にカメラの高さは画面内に人物が収まりきるよう合わせる感じで、
    頭は画面上部で切らないようにしたり、顎を画面下部で切らないようにするのが一般的のようです
    頭切っても顎切るな、という合言葉。
    (演出の方にそう教わりました)。

    頭上に何か来る前のカット、人物がワイプで頭上に吹き出しを出すカット、
    同カット同アングルで別撮りでかぶりものが出るとき、
    など、これらのときは予め画面上部を開けておく感じですね。


    通常の水平引きでもカメラの高さは心臓の高さくらいで、
    若干かがんで撮る感じ(三脚の高さを下げる)。

    背景美術のロケハンのときも撮影するとき少しかがんで水平で撮った写真は
    アイレベルが高いので何かと汎用性の高い素材となります。



    そして最近思い立った演出方法として、
    心の変化での視線をレイアウトに反映させる
    というもの。


    視線をずらす、じわじわずらす、
    これをレイアウトでは人物を中心に映してたものを画面上下左右に寄せていくといった感じです。


    実際皿を洗う時、皿を視界(画面)の端っこに置いて洗うかというとしませんね。
    通常、人物や物を映す時はカメラの中心に収めるのが基本ですが、
    立ち位置をわかりやすくするための会話の方向によって空間に隙間をあけたりして人物のレイアウト配置がずれます。


    しかし母親が子供だけを見てる視線(主観カット)で子供が画面中心に映っているとします。
    母親の顔のカットを映した後、また子供の姿を映す時、子供の上部に空間をあけます。
    子供の上部には何もありません。
    そうすると、これは母親が子供から視線をそらした、上の空になっている、ということで心理的に疲れている
    というような感じが出てる気がしませんか。

    他にも対面して会話してる男女の顔がアップで交互に映るカットでも、
    画面真ん中寄りにあった顔が、会話の内容がネガティブな部分のとき、
    顔を画面端っこに寄せると、目線をずらした感が出てる
    ような気もします。

    人物が1人のときも連続で中心に人物が映っていると飽きるので、
    飽きさせないよう画面の端に人物を置いたりするレイアウトもあると思いますが、
    人物の会話で主観カットでセオリー通りに真ん中配置が続いている時、
    時たまレイアウトで人物を端っこに寄せるほど視線をそらしたということであり、
    避ける、後ろめたい、嫌い、逸らしたい、という心理を作れている
    んだと思います。
    これは登場人物の主観カットが多いときの会話の内容や雰囲気と合わせてさりげなくずらすと効果的ですね。


    二人称視点と三人称視点という映像の作り方がありますが、
    基本的に会話でカメラ目線に近い目線(実際視聴者に向いているわけではない)は二人称扱いになるのかは現在不明ですが、
    三人称としてカメラ目線がないシーンでも人物のレイアウト配置を今回のテクニックでずらすことで、
    視線のずれによる心理的な効果を与える演出となるとは思います。


    映像における二人称と三人称については今後深く探っていきますが、
    とある脚本の記事で見たのですが、カメラに向かって視聴者に話しかけるということを
    三人称で作っていた映像に混在させるのはNG、ということは自分も同意します。
    はたから見ていたドラマ作りだった流れから、いきなり人物が話しかけてくるあの感じ…
    CMで本当に多いですね…。



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